【築山殿】悲劇の死を遂げた徳川家康の最初の正室

東照大権現・徳川家康の最初の正室であった築山殿(つきやまどの)は、徳川家康の命により殺害されています。

余りにも有名な歴史的事件なのですが、その詳細は実はよくわかっていません。

かつては織田信長の命令によるものであったとするのが一般的だったのですが、現在では疑問を呈されています。

よくわかっていない事件であることを理解しつつ、本稿では、歴史的事実関係を基に、かつての説を踏まえて説明し、疑問点を提起したいと思います。 “【築山殿】悲劇の死を遂げた徳川家康の最初の正室” の続きを読む

【今井兼平】壮絶な最期を遂げた木曾義仲四天王

今井兼平(いまいかねひら)は、木曾義仲(源義仲)の乳母子として育ち、木曾義仲の上洛に力を尽くした義仲四天王の一人です。

死の間際まで木曾義仲に添い遂げ、壮絶な最期を遂げたことでも有名です。

本稿では、そんな忠義の猛将、今井兼平について見ていきましょう。 “【今井兼平】壮絶な最期を遂げた木曾義仲四天王” の続きを読む

【山木兼隆】挙兵した源頼朝の最初の餌食となった伊豆国の目代

山木兼隆(やまきかねたか)をご存知ですか。

平兼隆、大掾兼隆(だいじょうかねたか)とも言いますが、この名を聞いてピンと来た方は日本史オタクです。マニアと呼べるかもしれません。

山木兼隆とは、伊豆国に流されていた源頼朝が、平家打倒の兵を挙げた際に、最初のターゲットとされて殺された人物です。

人となりを知る詳しい資料があまり残っていないため、詳しい経緯は謎ですが、武家政権を確立したカリスマの初戦の相手ですので、知っておいて損はない人物でもあります。 “【山木兼隆】挙兵した源頼朝の最初の餌食となった伊豆国の目代” の続きを読む

【北条義時】鎌倉幕府を北条家独裁政権にした2代執権

源氏将軍から権力を奪取し、鎌倉幕府を北条氏の傀儡政権に仕上げた人物をご存知ですか。

そう、悪名高い北条義時(ほうじょうよしとき)です。

北条義時は、伊豆国の在地豪族・北条時政の次男として産まれ、兄の死と父を追放したことにより北条氏の実権を握り、傀儡将軍を立てた上で他氏排斥をし、仲恭天皇を廃し・3人の上皇を配流にまでして2代執権として実質上の北条氏独裁政権を作り上げた人物です。

権謀術数を駆使してドロドロの権力闘争を生き延びた波乱万丈の人物であり、令和4年(2022年)のNHK大河ドラマの主人公でもあります。 “【北条義時】鎌倉幕府を北条家独裁政権にした2代執権” の続きを読む

【東郷平八郎】日本海海戦を勝利させた連合艦隊司令長官

東郷平八郎は、日露戦争で連合艦隊司令長官として指揮を執り日本海海戦での完勝に導き、日本国内では陸の大山、海の東郷と評され、また外国でもアドミラル・トーゴー、東洋のネルソンと呼ばれた傑物です。

有名すぎて、いまさら説明するまでもないかもしれません。

もっとも、英雄的な側面がクローズアップされ神格化されている東郷平八郎ですが、実は晩年には老害的な行為も多々引き起こしている実に人間臭い魅力的な人物でもあります。

本稿では、そんな東郷平八郎の人生について見ていきます。 “【東郷平八郎】日本海海戦を勝利させた連合艦隊司令長官” の続きを読む

【織田信秀】津島・熱田支配による経済力を基に革新的政策を打ち出した織田信長の父

織田信秀をご存知ですか。

織田信長の強烈な個性の陰に埋もれた人物で、多くの人のイメージは、葬式の際、織田信長から位牌に抹香を投げかけられるという程度のものじゃないでしょうか。

実は、織田信秀は、織田信長の飛躍の基礎となる津島湊・熱田湊という経済基盤に加え、革新的を作り上げた人物なのです。

本稿では、尾張の虎と呼ばれ、尾張国内外に織田弾正忠家の勢力を拡大させ、織田信長飛躍のきっかけを作った織田信秀について説明していきたいと思います。 “【織田信秀】津島・熱田支配による経済力を基に革新的政策を打ち出した織田信長の父” の続きを読む

【武田信虎】甲斐国を統一し戦国最強武田軍の基礎を築いた武田信玄の父

甲斐国を統一し、甲府を建設した人物をご存知ですか。

武田信玄の父・甲斐武田宗家18代の武田信虎です。

武田信玄に追放された悲しい戦国大名というイメージが先行していますが、国をまとめ、都市を造り、優秀な人材を登用し、他国を攻略していくという偉業をなし、戦国最強武田家の礎を築いたを人物です。もっと評価されていい武将です。

本稿は、そんな武田信虎について見ていきたいと思います。 “【武田信虎】甲斐国を統一し戦国最強武田軍の基礎を築いた武田信玄の父” の続きを読む

【江藤新平】政争に敗れ佐賀の乱で死刑となった日本近代司法制度の祖

日本の近代司法制度の生みの親が誰かご存知ですか。

維新の十傑とも言われ、日本の近代司法制度を作り上げるという偉大な功績を残したにもかかわらず、意外に知名度の低い人物・江藤新平です。

知っている方は、日本史通の方か法曹関係者の方ではないでしょうか。

知名度の低さは、逆賊の汚名を着せられて処刑されたこともその原因となっています。

本稿では、そんなマイナーな偉人・江藤新平の生涯について見ていきたいと思います。 “【江藤新平】政争に敗れ佐賀の乱で死刑となった日本近代司法制度の祖” の続きを読む

【井伊直政】外様大名でありながら徳川四天王に上り詰めた出世頭

外様大名でありながら、徳川家臣団の中で最大知行を得るまで出生した井伊直政。

幼くして父の謀反の疑いに連座して殺されかけ、家臣団の取り計らいによって徳川家康に仕え、その後の武功・政治力により最終的に近江国佐和山藩(彦根藩)の初代藩主となり30万石の基礎を築いた大人物です。

井伊の赤鬼という渾名で知っている人が多いかもしれません。

本稿では、そんな波乱万丈だった井伊直政の人生について見ていきたいと思います。 “【井伊直政】外様大名でありながら徳川四天王に上り詰めた出世頭” の続きを読む

【稲葉一鉄(稲葉良通 )】頑固一徹の語源となったと言われる西美濃三人衆筆頭武将

稲葉一鉄(稲葉良通)をご存知ですか。

美濃国曽根城主として土岐氏、斎藤氏、織田信長、豊臣秀吉に仕え、安藤守就、氏家直元と共に西美濃三人衆と称された武将です(稲葉一鉄は三人衆筆頭)。

後に江戸幕府第3代将軍・徳川家光の乳母となって権勢を振るった春日局(斎藤福)の外祖父・養祖父にあたる人物です。 “【稲葉一鉄(稲葉良通 )】頑固一徹の語源となったと言われる西美濃三人衆筆頭武将” の続きを読む