小西行長(こにしゆきなが)は、商人から出世し肥後半国を領する大大名(宇土城主)にまで出世した戦国大名です。
商人として培った経済感覚を発揮して豊臣政権下での海上輸送(兵站)を担当して大出世し、兵站のみならず水軍の将としても活躍しました。
また、アウグスティヌスの洗礼名を持つキリシタン大名としても有名です。
武将としても優秀であり、特に文禄の役では、日本軍一番隊の総大将として女婿・宗義智らと共に先遣隊として朝鮮半島に上陸した後、破竹の勢いで進軍してわずか21日で朝鮮首都・漢城を攻略する活躍を見せています。
天下分け目の関ヶ原の戦いでは、石田三成方に与して西軍の将として奮戦したものの敗北して捕縛され、市中引き回しの後で六条河原において斬首されるという最期を迎えています。 “【小西行長】商人から始まり豊臣政権の中枢を担うまでに出世したキリシタン大名” の続きを読む