【山県昌景】武田四天王の1人である赤備え2代目大将

山県昌景(やまがたまさかげ)は、武田信玄に仕えた譜代家老衆の1人で後代に武田四天王の一人に数えられる猛将です。

戦国最強の武田軍の中でさらに最強部隊である赤備えを率い、「源四郎の赴くところ敵なし」とまで言われ敵に恐れられた武将でもあります。

武田信玄に寵愛されて武田軍の領土拡大に大きく貢献するも、武田信玄の死後には跡を継いだ武田勝頼に疎まれ悲しい最期を遂げています。 “【山県昌景】武田四天王の1人である赤備え2代目大将” の続きを読む

【武田信虎】甲斐国を統一し戦国最強武田軍の基礎を築いた武田信玄の父

甲斐国を統一し、甲府を建設した人物をご存知ですか。

武田信玄の父・甲斐武田宗家18代の武田信虎です。

武田信玄に追放された悲しい戦国大名というイメージが先行していますが、国をまとめ、都市を造り、優秀な人材を登用し、他国を攻略していくという偉業をなし、戦国最強武田家の礎を築いたを人物です。もっと評価されていい武将です。

本稿は、そんな武田信虎について見ていきたいと思います。 “【武田信虎】甲斐国を統一し戦国最強武田軍の基礎を築いた武田信玄の父” の続きを読む

【高坂昌信(春日虎綱)】海津城を上杉謙信から守り抜いた智将

武田信玄・武田勝頼に仕えた武田四天王の1人で、武田二十四将でもある高坂昌信(春日虎綱)。

武名高い武将が煌めく武田家中で、イマイチ戦功が見えにくい武将でもあります。

なぜ、高坂昌信が武田四天王で武田二十四将なのでしょうか。

実は、突出した守りの武将なのです。引き際も完璧で「逃げ弾正」とも呼ばれます。

以下、そんな高坂昌信(春日虎綱)の生涯について見ていきましょう。 “【高坂昌信(春日虎綱)】海津城を上杉謙信から守り抜いた智将” の続きを読む

【真田幸隆】攻め弾正と呼ばれた真田三代の祖

真田三代の祖である真田幸隆 。

息子・真田昌幸や孫・真田信繁と比べると知名度はやや落ちますが、活躍は全く劣りません。

外様(信濃衆)でありながら甲斐国譜代家臣同等の待遇を与えられた名将で、息子三人と共に武田二十四将にも数えられています。 “【真田幸隆】攻め弾正と呼ばれた真田三代の祖” の続きを読む

【飯富虎昌】甲山の猛虎と恐れられた初代赤備えの猛将

武田信虎・武田信玄親子の二代に亘って仕えた初代赤備えの猛将をご存知ですか。

敵から「甲山の猛虎」と恐れられた飯富虎昌です。

武田二十四将の1人として武田信玄の嫡男武田義信の傅役を任され、上田原の戦いで板垣信方・甘利虎泰が失われた後の武田家筆頭宿老として活躍した人物です。

もっとも、武田義信の傅役という立ち位置から、武田家の内紛に巻き込まれて悲しい最期を迎えます。

そんな悲劇の猛将、飯富虎昌の生涯について見ていきましょう。 “【飯富虎昌】甲山の猛虎と恐れられた初代赤備えの猛将” の続きを読む

【板垣信方】武田信玄の父とも言える初期武田四天王筆頭の猛将

戦国最強の誉れ高い甲斐武田家の筆頭家老として、武田信虎・武田信玄の2代に仕えた板垣信方(甲陽軍鑑では、板垣信形と記載されています。)。

優れた武将を多く抱える武田家の中でも特に優れた武将とされる武田二十四将に選ばれ、また初期の武田四天王の1人でもありました。

武田信玄の青年期を武田家最高職として支えた名将で、戦場では無類の強さを発揮しましたが、増長して悲しい最期を迎えた武将でもあります。 “【板垣信方】武田信玄の父とも言える初期武田四天王筆頭の猛将” の続きを読む

【おつやの方(岩村御前)】織田と武田の間で翻弄された岩村城の女城主

戦国時代の女城主と言えば誰を思い浮かべますか。

2017年度に大河ドラマがあったことから井伊直虎を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。

もっとも、戦国女城主は他にもいます。

本稿で紹介するのはそんな戦国女城主の中の1人で、織田家と武田家の間で翻弄され無残な最期を迎えることとなった「おつやの方」(艶、岩村殿、修理夫人、お直の方、岩村御前ともいわれます)について見ていきましょう。 “【おつやの方(岩村御前)】織田と武田の間で翻弄された岩村城の女城主” の続きを読む

【武田信繁】戦国最強甲斐武田家の絶対的ナンバー2

最強武田軍のナンバー2といえば?もしもこの人が生きていたら武田軍滅亡はなかったのではないか?と言われて誰もが思い描く武田信繁。

本稿では、才に恵まれ欠点がほぼ見当たらないパーフェクトヒューマンであり、甲斐武田家を継ぐ可能性があったにもかかわらず、兄武田信玄の脇役に徹したという武田信繁の生涯について見ていきましょう。 “【武田信繁】戦国最強甲斐武田家の絶対的ナンバー2” の続きを読む

【馬場信春】不死身の鬼美濃の生涯と壮絶な最期

40年以上に亘って武田3代に仕え、70回を越える戦を常に最前線で戦ったにもかかわらず、命を落とすことになった長篠の戦いまでかすり傷一つ負わなかった「不死身の鬼美濃」馬場信春(何度か名が変わっていますが、本稿では馬場信春で統一します。)。

一国の太守になれる器量人であるとまで評される大器であったとも言われます。

そして、死際までカッコいい。シビれます。 “【馬場信春】不死身の鬼美濃の生涯と壮絶な最期” の続きを読む