【足利義教】織田信長を超える魔王・万人恐怖政治をした室町6代将軍

室町幕府の将軍に織田信長を超える魔王がいたことをご存知ですか。

6代将軍・足利義教です。

高い能力を発揮して室町幕府の権威を取り戻したという成果がある反面、権力を集めてやりたい放題やりまくって万人恐怖政治と恐れられた暴君でもあります。

本稿では、そんなやりたい放題将軍、足利義教の生涯について見ていきましょう。 “【足利義教】織田信長を超える魔王・万人恐怖政治をした室町6代将軍” の続きを読む

【賤ヶ岳七本槍】賤ヶ岳の戦いで活躍して出世した7人というのは本当か?

「賤ヶ岳七本槍」を知っていいますか。

織田信長が死亡した後、その実質上の後継者の座を巡って、豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉と名乗っていましたが、本稿では豊臣秀吉で統一します。)と柴田勝家が争った賤ヶ岳の戦いにおいて、比類なき戦功を挙げたとされる豊臣秀吉子飼いの武将7人のことです。

この賤ヶ岳七本槍は名前こそ有名なのですが、なぜこんなに有名となったのかについては、はっきりしていないことも多くあります。

本稿では、賤ヶ岳の戦いの概略と賤ヶ岳七本槍の活躍(?)について解説していきます。 “【賤ヶ岳七本槍】賤ヶ岳の戦いで活躍して出世した7人というのは本当か?” の続きを読む

【茶室の入り口・躙口が狭い歴史的理由】千利休の侘び茶の世界観

茶室の入り口がなぜあんなに小さいのかと疑問に思ったことはありませんか。

私は、初めて見たとき、無知から、「入口ちっちゃ、入りにくい。」と単純に思いました。

茶室の入り口は、なぜこの様な作りになっているのでしょうか。

その理由は、それまでの茶の湯の世界を一変させ、現在に繋がる茶の道を作りあげた千利休が理想とした侘び茶の世界観にあります。

以下、茶室の入り口が狭い理由について、千利休が生涯をかけて大成させた侘び茶の世界観を紐解きながら見て行きます。 “【茶室の入り口・躙口が狭い歴史的理由】千利休の侘び茶の世界観” の続きを読む

【姫路城・西の丸】国宝姫路城に千姫のための戦わない曲輪がある理由

木造建築の最高傑作として、1993年に日本初のユネスコ世界文化遺産に登録された名城・姫路城。

白鷺城の別名を持つ美しい城ですが,城自体が極めて強い防衛力を持っていることでも有名です。

この姫路城に戦うためのものではない曲輪があることをご存じですか。姫路城・西の丸です。

本稿では,この戦わない西の丸曲輪がなぜ姫路城に造られたのかについて解説します。 “【姫路城・西の丸】国宝姫路城に千姫のための戦わない曲輪がある理由” の続きを読む

【松倉重政・松倉勝家】島原の乱の原因を作った江戸時代最悪の暗君親子

江戸時代には大小200を超える藩がありましたが、その藩主が必ずしも名君であった訳ではありません。

藩主がとんでもない人間だったら、その藩の領民はとてつもない迷惑を被ることになります。

身分社会だった江戸時代にこれから逃れる術はありませんので、藩主が暗君・暴君だったら領民は悲惨です。

そんな江戸時代の藩主の中で、最悪の政治をした暗君親子がいます。

島原藩初代藩主松倉重政と、2代藩主松倉勝家です。

恐らくこの2人が、江戸時代ワースト1とワースト2であったことに間違い無いと思います。

以下、2人の傍若無人ぶりを紹介していきたいと思います。 “【松倉重政・松倉勝家】島原の乱の原因を作った江戸時代最悪の暗君親子” の続きを読む

織田信長による美濃国平定戦(斎藤家討伐戦)

織田信長は、尾張国を統一後、永禄3年(1560年)から美濃侵攻を開始しますが、美濃国を平定するのに足掛け7年間も費やしています。

織田信長のその後の快進撃と比べると、美濃平定には相当手こずったことが見てとれます。

以下、織田信長が苦労した美濃平定戦について、時間の経過を追いながら見ていきましょう。 “織田信長による美濃国平定戦(斎藤家討伐戦)” の続きを読む

【宇喜多直家】血も涙もない殺し屋?実は家臣には優しかった戦国乱世の梟雄の生涯

戦国三大梟雄とも呼ばれ、ひたすら敵を暗殺しまくったことで有名な武将、宇喜多直家。

親族の情もなく、汚いことも平気でやってのけることからさぞとんでもない性格だと思われますが、実は家臣思いで情に厚く、また領国経営でも優れた手腕を発揮した傑物でした。

以下、極端に賛否両論が分かれる戦国武将、宇喜多直家について見ていきたいと思います。 “【宇喜多直家】血も涙もない殺し屋?実は家臣には優しかった戦国乱世の梟雄の生涯” の続きを読む

【三好長慶】織田信長に先立つ日本最初の天下人

日本の権力の中枢に迫るまで上り詰めた割に影が薄い三好長慶。

下克上に遭って失脚しただとか、晩年にボケたなどと散々な言われようをしています。

もっとも、これらの評価は誤りです。

三好長慶は、織田信長に先立って天下人となったすごい人です。

以下、三好長慶の生涯を見ていきたいと思います。 “【三好長慶】織田信長に先立つ日本最初の天下人” の続きを読む

日本のお城入門(城観光の参考に城の仕組みを簡単に説明します)

城とは、 敵からの攻撃を防ぐための軍事施設です。単に天守のみを城と言うのではなく,その防御施設全体が城です。

古くは、平安時代から既に存在していたようですが、当初は、一定の範囲を柵で囲んだだけの造りでした。

それが、時代を経るにつれて次第に進化していきます。堀が掘られ、土が盛られ、構造物が造られるなど複雑化していきます。

完成期とも言える戦国末期になると、それこそ様々な仕掛けが設置された究極の機能美を持つに至ります。

これが、後世の我々を強く引き付ける所以です。

城を知る上では、まず、その城が造られた時代背景を前提に、地形を確認して全体像を掴み、次に曲輪の配置の意味を考え、それぞれの防御施設を確認してから、天守に思いを馳せるというのがわかりやすいと思いますので、本稿ではこの順にかいつまんで紹介したいと思います。 “日本のお城入門(城観光の参考に城の仕組みを簡単に説明します)” の続きを読む