【源義平】悪源太と呼ばれた源頼朝の長兄

源義平(みなもとのよしひら)は、源義朝の庶長子と生まれた武将であり、源頼朝や源義経の異母兄にあたります。

大蔵合戦で源義賢を討ち取る武功を挙げ、「鎌倉悪源太」と呼ばれて恐れられるようになった人物です(「悪」=強い、「源」=源氏の、「太」=長男)。

平治の乱では、義平十七騎と呼ばれる少数騎兵で、平重盛率いる大軍を蹴散らしたことでも有名です。

そして、最期は、捕えられて平清盛の前に引き立てられた後、数え20歳の若さで京の六条河原で斬首されています。

本稿では、そんな波乱万丈の源義平の人生について順にみていきたいと思います。 “【源義平】悪源太と呼ばれた源頼朝の長兄” の続きを読む

【藤原秀衡】奥州藤原氏の最盛期を作り上げた三代目当主

藤原秀衡(ふじわらのひでひら)は、平安時代末期に奥州にて一大勢力を築いた奥州藤原氏の三代目当主です。

京に次ぐ大都市を築き、豊富な経済力を持ち、源義経を庇護した人物としても有名です。

晩年は、勢力拡大を続ける源頼朝からの圧力を弱めるために尽力して政治な立ち回りに終始し、藤原秀衡が存命の間は源頼朝との衝突を避けることに成功しています。

藤原秀衡の遺骸はミイラとなって中尊寺金色堂須弥壇の金棺内に納められていますので、興味がある人は調べてみてください(インターネット上に転がっていますが、嫌悪感を覚える方もいますので、本稿で紹介することは差し控えます。)。 “【藤原秀衡】奥州藤原氏の最盛期を作り上げた三代目当主” の続きを読む

【第71代・後三条天皇】摂関政治終焉のきっかけとなった天皇

後三条天皇(ごさんじょうてんのう)は、寛徳2年(1045年)1月16日に即位した第71代天皇です。

宇多天皇以来170年ぶりの藤原氏を外戚としない天皇であり、摂関家の絶大な政治権力の制限に尽力し、摂関政治を終わらせるきっかけを作った日本政治史を語るうえで絶対に外せない超重要人物です。 “【第71代・後三条天皇】摂関政治終焉のきっかけとなった天皇” の続きを読む

【第72代・白河天皇】藤原摂関家を排斥し院政を始めた治天の君

白河天皇(しらかわてんのう)/・白河上皇・白河法皇は、藤原摂関政治を終わらせ、院政を始めた人物として有名です。

とはいっても、実際にどういう経緯で院政を始めることとなったのかを詳しく知っている人は少ないのではないでしょうか。

本稿では、朝廷内でのドロドロの権力争いを勝ち抜き、「賀茂河の水、双六の賽、山法師」以外は思い通りになるという天下三不如意の逸話を残すほどの絶対的権力を獲得するに至った経緯について、順に説明したいと思います。 “【第72代・白河天皇】藤原摂関家を排斥し院政を始めた治天の君” の続きを読む