日本のお城入門(城観光の参考に城の仕組みを簡単に説明します)

城とは、 敵からの攻撃を防ぐための軍事施設です。単に天守のみを城と言うのではなく,その防御施設全体が城です。

古くは、平安時代から既に存在していたようですが、当初は、一定の範囲を柵で囲んだだけの造りでした。

それが、時代を経るにつれて次第に進化していきます。堀が掘られ、土が盛られ、構造物が造られるなど複雑化していきます。

完成期とも言える戦国末期になると、それこそ様々な仕掛けが設置された究極の機能美を持つに至ります。

これが、後世の我々を強く引き付ける所以です。

城を知る上では、まず、その城が造られた時代背景を前提に、地形を確認して全体像を掴み、次に曲輪の配置の意味を考え、それぞれの防御施設を確認してから、天守に思いを馳せるというのがわかりやすいと思いますので、本稿ではこの順にかいつまんで紹介したいと思います。 “日本のお城入門(城観光の参考に城の仕組みを簡単に説明します)” の続きを読む

【関東の戦国史】公方、関東管領、北条を出来るだけ易しく説明します

学校で習う戦国時代の歴史は、中部地方より西の話がほとんどです。現在の政治・経済の中心地であるにも関わらず、関東地方の歴史が詳しく勉強する機会はなかったのではないでしょうか。

しかも、関東の戦国史には、何とか公方・足利何とか・上杉何とかやら、似たような名前ばっかり出てくるため、訳が分かりません。

このややこしい関東の戦国史は、以下の3期に分けて考えると理解が進みます。というか、結構面白いです。

第1期が幕府と鎌倉府の対立(1349年~1467年ころ)、第2期が関東管領家の内乱(1467年ころ~1493年ころ)、第3期が北条家の台頭(1493年ころ~1590年)です。

では,一緒に見ていきましょう。
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【第1次上田合戦】徳川の大軍を追い返した真田昌幸の軍略

長野県上田市の観光名所ともなっている上田城。

歴史ファンはもちろんですが、絶対に落ちない城とし受験生に人気です。絶対に落ちないというご利益にあやかろうと、城内にある真田神社でお守りをいただく受験生も多いとのこと。

では、なぜ上田城は絶対に落ちないと言われているのか。

その理由は、徳川軍の侵攻を跳ね返した2度の防衛戦にあります。

2度目の合戦(第2次上田合戦)は別稿に委ねることとし、本稿では1度目の合戦、すなわち第1次上田合戦について、それに至る経緯から順に説明します。 “【第1次上田合戦】徳川の大軍を追い返した真田昌幸の軍略” の続きを読む

【樋口一葉】生涯貧乏だった5000円札の顔

2004年の紙幣刷新時に女性として初めて起用され、その後30年もの間、5000円札の顔となった樋口一葉。

その人生を振り返ってみると、なぜ樋口一葉5000円札の肖像として採用されたのかはなはだ疑問です。

以下、樋口一葉の人生について、お金と作品に注目しながら見ていきたいと思います。 “【樋口一葉】生涯貧乏だった5000円札の顔” の続きを読む

【弘前城(日本100名城4番)】東北唯一の現存天守と日本一の桜

日本一の桜の城と聞いてどこを思い浮かべますか。

多くの人は、青森県弘前市にある弘前城を思い浮かべるのではないでしょうか。

それほどまでに、弘前城の桜は有名です。

では、弘前城がなぜ桜の名所となっているのでしょうか。

以下、弘前城の歴史と共に、桜の由縁を見ていきましょう。 “【弘前城(日本100名城4番)】東北唯一の現存天守と日本一の桜” の続きを読む

【岡山城(100名城70番)】超大国毛利家に備える宇喜多直家・宇喜多秀家の城

中国地方にある名城岡山城は、織豊時代の遺構を残す珍しい城です。

天守の黒さ、珍しい不等辺五角形の天守台,大きく東に寄った本丸,対岸の後楽園の歴史など、その独特さで歴史ファンの心を鷲掴みにしています。

本稿では、そんな岡山城を簡単に説明したいと思います。

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