
平安時代には、土葬や火葬はほとんど行われておらず、死者は、その遺体を放置されて朽ちるに任せるという風葬という方法によって弔われていました。
この風葬のために遺体が運ばれた場所が葬送地であり、平安京最大の葬送地であったのが鳥辺野(とりべの)でした。
遺体が運ばれる場所であったために鳥辺野一帯は「死者の地=あの世」と考えられ、その境にある六波羅の地との境は、この世とあの世の境と考えられ、その境目となった六道の辻の地にこの世とあの世の出入口が存在しています(本稿は歴史ブログですので、都市伝説の紹介ではなく、歴史的逸話の紹介です。)。
本稿では,鳥辺野と六道の辻の歴史的沿革を説明しますので、観光の参考にしていただければ幸いです。 “【鳥辺野】京都にあった地獄と言われる平安京三大葬送地筆頭” の続きを読む




