【徳川頼宣】徳川家康に愛され徳川秀忠に疎まれた御三家紀州藩の祖

徳川御三家・紀州徳川藩の藩祖をご存知ですか。

徳川家康の10男である徳川頼宣(とくがわよりのぶ)です。暴れん坊将軍で有名な江戸幕府8代将軍徳川吉宗の祖父でもあります。

徳川家康に寵愛され、その死後も武断政治の先鋒として幕政に影響力を及ぼしていたにもかかわらず、晩年には幕府への謀反を疑われ江戸に10年もの長きに亘ってとどめ置かれるという苦労も経験しています。

本稿では、そんな酸いも甘いも噛み分けた徳川頼宣の人生について見ていきましょう。 “【徳川頼宣】徳川家康に愛され徳川秀忠に疎まれた御三家紀州藩の祖” の続きを読む

【伊藤博文】農民から内閣総理大臣までのし上がった調整型リーダーの前半生

日本で農民から頂点まで上り詰めた人物挙げるとすると、ほとんどの人が豊臣秀吉の名を挙げると思います。

もっとも、余り知られていませんが、日本の歴史上、農民から頂点まで上り詰めた人物がもう1人います。

伊藤博文です。

豊臣秀吉に匹敵する究極の成り上りをした大人物ですが、意外に知名度がありません。

そこで、本稿では、もう1人の成り上がり者である伊藤博文の人生を振り返ってみたいと思います。 “【伊藤博文】農民から内閣総理大臣までのし上がった調整型リーダーの前半生” の続きを読む

【松倉重政・松倉勝家】島原の乱の原因を作った江戸時代最悪の暗君親子

江戸時代には大小200を超える藩がありましたが、その藩主が必ずしも名君であった訳ではありません。

藩主がとんでもない人間だったら、その藩の領民はとてつもない迷惑を被ることになります。

身分社会だった江戸時代にこれから逃れる術はありませんので、藩主が暗君・暴君だったら領民は悲惨です。

そんな江戸時代の藩主の中で、最悪の政治をした暗君親子がいます。

島原藩初代藩主松倉重政と、2代藩主松倉勝家です。

恐らくこの2人が、江戸時代ワースト1とワースト2であったことに間違い無いと思います。

以下、2人の傍若無人ぶりを紹介していきたいと思います。 “【松倉重政・松倉勝家】島原の乱の原因を作った江戸時代最悪の暗君親子” の続きを読む