尚州の戦い(しょうしゅうのたたかい)は、文禄元年(1592年)4月24日に勃発した文禄の役初期の戦いです。
釜山に上陸した後、朝鮮首都である漢城を目指して中路を進軍していく日本軍一番隊による、慶尚道を抜ける前の同道における最終戦です。
朝鮮方の城将(総大将)となっていた李鎰が、練兵のために兵を率いて城外に出ていたタイミングで日本軍が尚州城攻撃を開始したため、朝鮮方は有用な防衛策をとることなく壊滅してすぐに尚州城が陥落したあっけない戦いでもあります。
本稿では、この尚州の戦いについて、そこに至る経緯から簡単に説明します。 “【尚州の戦い】文禄の役で快進撃を続ける一番隊による慶尚道突破最終戦” の続きを読む
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